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東京地方裁判所 昭和44年(行ク)31号 決定 1969年6月14日

申立人 後藤秀生 外一名

被申立人 建設省関東地方建設局長

主文

申立人らの本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一、申立ての趣旨および理由

別紙一の(一)ないし(三)記載のとおり

二、被申立人の意見

別紙二の(一)(二)に記載のとおり

三、当裁判所の判断

1  本件疎明によれば、次の事実を認めることができる。

申立人後藤秀生は、東京都調布市小島町九七二番の一の土地(以下「本件土地」という。)ほか別紙物件目録(一)記載の各土地(以下「本件関係土地」という。いずれも多摩川の堤防より水路側に存し、河川法にいわゆる堤外の土地であると認められる。)の所有者と称する者であり(本件関係土地のうち本件土地および同町九七三番の五、一〇二九番の一の三筆の土地については、申立人後藤名義の所有権移転登記手続が経由されている。)、申立人株式会社首都ビジヨン(以下単に「申立会社」という。)は昭和四四年三月一二日に設立されたものであるが、申立人後藤から本件関係土地の管理使用の権限を与えられたとして、同年三月以降本件関係土地上で有料駐車場の営業をなし、これを使用してきたものであるところ、申立人後藤は、同年三月本件土地上に別紙物件目録(二)記載の工作物(管理事務所、以下「本件工作物」という。)を設置し、申立人後藤が本件土地を管理するために、また申立会社が駐車場を営業する上の必要から、それぞれこれを使用し、また申立人らは本件土地付近の堤防から堤外の本件関係土地上に通ずる坂路を造成し、さらに本件土地付近の多摩川低水路に近い土地一帯において第三者に土捨行為を行なわせた。そして、本件土地を含む付近の土地については、すでに以前の管理権者たる都知事から昭和四〇年六月五日に調布市に対し市営運動場としての占用許可がなされ(その効力の有無はともかくとして)、本件土地には野球場のバツクネツトが設置されていたが、申立人らは、これを無断で取り毀して、駐車場としての使用を開始したものであり、これに対しては被申立人から幾度か本件土地を含む土地の管理状況の説明と申立人らの行為の制止がなされたが、申立人らは依然として本件関係土地の使用を継続し、また、自動車を用いて堤外地に入り、コンクリート塊を含む土砂を捨てる等の行為をするので、被申立人において、これを制止するため堤防上の国有地に車止めを設置するなどし、これに対し申立人らはこれを除去するなどの行為が相互にくり返された。

なお、この間四月一〇日には、調布市が申立人後藤を相手方として、東京地方裁判所八王子支部に、本件土地への立入禁止、妨害排除の仮処分を申請し、同月一八日認容されたが、同年五月二三日には申立人後藤の申請に基づき、右仮処分の執行停止の仮の処分がなされた。

他方、申立人後藤は、昭和四四年三月一〇日付と記載のある本件工作物の許可申請書を被申立人あてに提出し、右申請書は、同年五月八日に建設省関東地方建設局京浜工事事務所長を経由して被申立人あてに提出されたが、これに先だち建設省関東地方建設局京浜工事事務所長山田専一は、同年四月一五日付建関京管発第二号「多摩川河川区域内の不法占用について(通告)」と題する書面をもつて、申立人後藤に対し、本件関係土地が、前河川管理者東京都知事によつて旧河川法(明治二九年法律第七一号)二条一項の規定に基づき昭和三六年六月二〇日付東京都告示第六七一号をもつて河川区域に変更された多摩川の河川敷地であり、国が管理している土地である旨、および右敷地上で申立人らが使用する工作物が、河川法二四条、二六条、二七条に違反するものであり、かつ河川管理上支障があるから、本件工作物その他の工作物を除去し、敷地を原状に回復するよう通告し(以下これを「本件通告」という。)、また、続いて被申立人は、同年五月二二日付建関水第一五六号監督処分命令書をもつて、申立人後藤に対し、申立人がなした前記本件関係土地の利用、本件工作物の設置および捨土、坂路造成による土地の形状変更が河川法の規定に違反し、かつ河川管理上著しい支障があることを理由に、同法七五条一項の規定に基づき、直ちにこれらの行為を中止し、右の土地を原状に回復すべきことを命じ(以下これを「申立人後藤に対する監督処分命令」という。)、さらに被申立人は、同月二九日付建関水第一五九号戒告書をもつて、申立人後藤に対し、行政代執行法三条一項の規定に基づき、同年六月一〇日までに右監督処分命令にかかる行為をなすよう戒告(以下これを「申立人後藤に対する戒告」という。)するとともに、同日付建関水第一六〇号「多摩川河川区域内の工作物(管理事務所)の設置について」と題する書面をもつて、前記申立人後藤の工作物許可申請に対し、河川管理上支障があることを理由に、許可しない旨を通知した(以下これを「本件不許可処分」という。)。そして、被申立人は、申立会社に対しても、同年六月二日付建関水第一六六号監督処分命令書をもつて前記申立人後藤に対すると同一内容の監督処分命令(以下これを「申立会社に対する監督処分命令」という。)を、また、六月四日付建関水第一六七号監督処分命令書をもつて、同会社の設置した看板についても同趣旨の撤去ならびに原状回復を命ずる旨の監督処分命令をなし、加えて六月六日付建関水第一六九号戒告書をもつて、申立会社に対し、六月一二日までに右二個の命令を実行するよう戒告した(以下これを「申立会社に対する戒告」という。)。

以上の事実を認めることができる。

申立人後藤および申立会社は当裁判所に対し、これらのうち本件不許可処分、本件通告、申立人後藤および申立会社に対する各監督処分命令(ただし、いずれも本件工作物の除去を命じた部分)、申立人後藤に対する戒告につき、それぞれその執行停止(効力の停止と解する。)を求めるものである。

2  さて、申立人らの本件申立てのうち、まず本件不許可処分の執行停止を求める点は、仮に本件不許可処分の執行停止がなされても、単に申請が存する状態に復するのみであつて、これにより当然に申立人らに本件工作物を設置する権限が付与されるものではないことは、河川法に基づく工作物設置許可処分の性質上当然であるから、申立人らにその執行停止を求める利益がなく、不適法な申立てというべきである。

また、本件通告並びに戒告は、行政処分とは解されないから、本件通告並びに戒告の取消しを求める訴え、ひいてはその執行停止の申立ても不適法といわざるを得ない。

3  そこで、進んで申立人後藤および申立会社に対する各監督処分命令について、そのうち本件工作物の除去を命じた部分の効力の停止を求める申立人らの申立てについて判断する。

申立人らは、本件各監督処分命令により、申立会社の駐車場経営が不可能となり、収入が皆無となつて、多数の従業員を抱え、運転資金の窮乏により破滅に瀕していると主張する。たしかに、本件各監督処分命令により、申立会社において本件土地を駐車場に利用することは、申立人らの勝訴判決確定に至るまで許されないこととなるが、しかし、前記のとおり、申立会社は昭和四四年三月一二日に設立されたばかりであつて、その営業も確立しているとも認められず、さらに、申立会社の設立ないし申立人らの本件土地使用の開始当初より、被申立人あるいは京浜工事事務所長から本件土地の使用に関し、幾度も警告ないし通告を受けていること、本件工作物については申立人後藤において自らその設置許可申請をなすとともに他方その許可を待たないで設置したこと、申立人らが前記捨土等の行為をするについても行政官庁の許可、了承等を得ることなく一方的になしたこと、いずれも前認定のとおりであるから、これら前認定の経緯に照らすとき、申立人らの主張する本件各監督処分命令によつて被ることあるべき損害は、執行停止という緊急措置による救済に値いする程度の損害であるとは到底認められない。

4  よつて、申立人らの本件申立ては、いずれも不適法あるいは理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 渡部吉隆 渡辺昭 岩井俊)

別紙一の(一)

行政処分の執行停止申立書

申立の趣旨

一、被申立人が申立人後藤秀生に対し、昭和四四年五月二九日付建関水第一六〇号建設省関東地方建設局長小林元橡名をもつて発した工作物設置不許可処分の執行を停止する。

二、被申立人が申立人後藤秀生に対し、昭和四四年四月一五日付建関京管発第二号前同省同局京浜工事々務所長山田専一名をもつて発した工作物除去命令及び同年五月二九日付建関水第一五九号同省同局長小林元橡名をもつて発した同年六月一〇日を期限とする工作物撤去命令はいづれもその執行を停止する。

三、前二項の停止の期間は右行政処分に対する抗告訴訟の判決確定にいたるまでとする。

四、訴訟費用は、被申立人の負担とする。

との裁判を求める。

申立の理由

一、被申立人は申立人後藤秀生(以下申立人後藤という)に対し、申立の趣旨に記載した行政処分(命令)を通告した。

しかしながら、右行政処分はいづれも正当な理由がない。この点については抗告訴訟の訴状に詳述したのでこれを引用する。

二、申立人後藤ならびに申立人株式会社首都ビジヨン(以下単に申立人会社という)は右行政処分の執行により回復することのできない損害をうける。その理由は次のとおりである。

三、申立人会社は申立人後藤の所有する多摩川堤外地で駐車場を経営する会社であるが、右行政処分により駐車場営業は不能となり収入皆無となる。

申立人会社は多数の従業員を抱え、運転資金の窮乏により破滅に瀕している。

四、よつて、右行政処分に対する抗告訴訟の判決の確定にいたるまで、その執行を停止されたく本申立に及ぶ次第である。

別紙一の(二)

追加的変更申立書

一、被申立人の追加的変更

東京都千代田区大手町一の七

被申立人 建設省関東地方建設局長

小林元橡

二、申立の趣旨の追加的変更

被申立人建設省関東地方建設局長小林元橡から申立人株式会社首都ビジヨン代表取締役後藤秀生に対して昭和四四年六月二日付建関水第一六六号をもつて発せられた監督処分命令のうち建物一棟の収去を命じた部分の執行を停止するとの申立を追加する。

別紙一の(三)

追加的変更申立書

申立の趣旨の追加的変更

被申立人建設省関東地方建設局長小林元橡から申立人後藤秀生に対して昭和四四年五月二二日付建関水第一五六号をもつて発せられた監督処分命令のうち、建物一棟の収去を命じた部分の執行を停止するとの請求を追加する。

別紙二の(一)

意見書

意見の趣旨

本件申立を却下する。

との裁判を求める。

申立の理由についての認否

昭和四四年六月二日付け行政処分執行停止申立書(以下「申立書」)という。)において申立人が主張する申立の理由について、

第一項申立人は被申立人が申立人後藤秀生に対し昭和四四年五月二九日付け建関水第一六〇号をもつて建設省関東地方建設局長小林元橡名で工作物設置不許可処分を発したこと、同年四月一五日付建関京管発第二号をもつて同局京浜工事々務所長山田専一名をもつて工作物除去命令を発したこと及び同年五月二九日付け建関水第一五九号をもつて同局長小林元橡名をもつて同年六月一〇日を期限とする工作物撤去命令を発したと主張するがそのような事実はない。すなわち、昭和四四年五月二九日付け建関水第一六〇号で工作物設置不許可処分がなされたこと(疎乙第一号証)は認めるが、これは被申立人がなしたものではなく、関東地方建設局長がなしたものである。また、申立の趣旨二の昭和四四年四月一五日付け建関京管発第二号で京浜工事々務所長がなした通告(疎乙第二号証)は、行政処分ではない。昭和四四年五月二九日付け建関水第一五九号をもつて関東地方建設局長名で発した通告(疎乙第三号証)は、命令ではなく昭和四四年五月二二日付け建関水第一五六号をもつてなした工作物撤去命令に(疎乙第四号証)基づく行政代執行法に基づく戒告である。

第二、三項は争う。

(一) 申立人後藤秀生は、本件土地が後藤の所有に属するものであると主張するが、「本件土地の管理利用状況」の項で述べるとおり本件土地は、昭和三六年六月二〇日付け東京都告示第六七一号(疎乙第五号証)をもつて河川区域に認定され私権の対象となりえなくなつたものであり、申立人後藤秀生の所有に属することはありえない。なお、仮りに本件土地が左記の河川区域に該当しないとしても「本件土地の管理利用状況」の項一の(三)に述べるとおり、申立人後藤秀生の名儀に係る土地は、本件土地のうち調布市小島町九七二番の一、九七三番の五及び一、〇二九番の一の三筆にすぎない。

(二) 申立人後藤秀生は、プレハブ建築物の設置許可申請書を三月一〇日付けで建設省関東地方建設局長を経由して、被申立人建設大臣に提出したと主張するが当該申請書は、五月八日に建設省関東地方建設局京浜工事々務所長を経由して関東地方建設局長あて提出された(疎乙第六号証)ものであり、三月一一日に不法に当該建築物を建築し、当局の警告を受けたために三月一〇日に遡のぼつて申請してきたものである。

(三) 申立人は、本件土地は多摩川堤外地であるが河川区域ではないと主張するが「本件土地の管理利用状況」の項で述べるとおり、本件土地は昭和三六年六月二〇日以降河川区域として認定されたものである。なお、プレハブ建築の了解をえるための河川法第二六条に基づく申請と称するものは(二)にのべたとおり五月八日に提出されており、すでに当該建築物は三月一一日に建築されたものである。この申請が申立人主張のように念のためのものであるなら、これに対する不許可処分を争う実益はないものといわざるをえない。

(四) 申立人はプレハブ建築物が簡易な組立式建造物で軽量でもあり短時間に容易に解体運搬が可能であり河川管理に障害となるような性質のものではないから当然許可されるべきものであると主張する。しかし「本件土地の管理利用状況」の項二の(一)に述べるとおり、本件土地附近の多摩川は上下流の河川巾員に比較して著しく狭さく部を形成しており河川管理上も問題の多い地域である。およそ河川敷地は、洪水の疎通に支障のないよう必要にして十分な河積を確保するために存するのであつて、たとえ簡易な組立式建造物であつたとしても河積を狭め洪水の流下に支障を及ぼすことがあつてはならないのであり、かかる工作物を河川区域内の土地に設置することを認めることはできない。

(五) 申立人後藤秀生は、昭和四四年二月二七日付内容証明郵便をもつて、建設省関東地方建設局京浜工事々務所長山田専一及び同省同局長小林元橡両名に対し、本件土地は後藤の所有する私有地であるところ、調布市に対する同局長名の「土地占用許可」の表示看板が建てられているがその理由を説明されたい旨の書面を送付した(疎乙第七号証)ところ、これには直接回答しなかつたと主張する。しかし、関東地方建設局長及び京浜工事々務所長においては、申立人後藤秀生に対し本件土地の管理状況を口頭で説明し、無暴な行動を慎しむよう説得に努めてきたのである。また、申立人後藤秀生からの前記内容証明郵便により提案のあつた境界確認のための立会と称するものについても、本件土地の管理状況を実地に承知させるため京浜工事々務所において応ずる旨回答したところ、三月一八日及び一九日の京浜工事々務所の測量をはばんだため、測量中途にして京浜工事々務所は引きあげざるをえなかつたのである。

(六) 申立人は昭和三六年東京都告示第六七一号は、従来河川区域でなかつた土地を新たに河川区域として認定したものではなく、かりにそうであつたとしても、添付略図をもつてしては範囲を特定するに足りるものでなく当然に無効であると主張する。しかし、「本件土地の管理利用状況」の項一の(二)で述べるとおり河川区域の認定は図面によつてなすことができ、現に昭和三六年東京都告示第六七一号においても「関係図面」を東京都河川部において一般の縦覧に供することにより行なつており(疎乙第八号証)申立人主張の如く当該告示の添付略図のみをもつて河川区域の認定を行なつたものではない。この点申立人は、告示の読み方について重大な誤りを犯している。

(七) 申立人は、昭和三六年東京都告示第六七一号が河川区域を認定したもので本件土地が河川区域として私権が消滅したものであるとすれば国は、土地所有者に対して正当な補償をしなければならないはずであるが、補償はもとより私権消滅の通知さえもしていないと主張する。

しかし旧河川第二条第一項の規定による河川区域の認定にあたつては、補償とか所有者への私権消滅の通知とかは要件とされておらず、またたとえ補償すべきであつたとしても前記告示の公布日における所有者になされるべきものであつて申立人に対しなされるものではない。

(八) 申立人は、被申立人が本件土地前面の陸間を鉄柱により閉鎖した行為は、公権力を濫用し正当な土地所有者の権利を不当に圧迫侵害するものであると主張するがこの主張の理由がないことは、別件昭和四四年(行ク)第三〇号事件について被申立人が提出した意見書の理由を引用する。

(九) 申立人は、多摩川堤外地に存在する多数の建造物を公認又は黙認しながら、本件プレハブ建築物の設置を認めないのは不平等であると主張する。

申立人が如何なる建築物についてのべているのか不分明であるが河川管理者としては、これまでもそうであつたが、今後も不法に設置された建築物については、しかるべく処理することとしており、本件土地の多摩川における特殊性を考えれば(本件土地の管理、利用状況二の(一)参照)決して不平等な行政運営であるとはいえないものである。

本件土地の管理、利用状況

一、調布市小島町九七二の一、九七三の五、九七四の五、九七五の六、九七六の一、九七八の一及び一〇二九の一(以下「本件土地」という。)及びそれを含む附近の土地の管理状況について

(一) 本件土地の上下流及び前面附近の土地は、大正九年一〇月五日東京府告示第三七一号をもつて旧河川法(明治二九年法律第七一号)第二条第一項の規定により河川区域に編入され(疎乙第九号証)旧不動産登記法(明治三二年法律第二四号)第九〇条第一項及び第二項の規定により従前の土地に係る登記は抹消閉鎖された。その後昭和八年から九年にかけて本件土地の背後に内務省の直轄工事によつて堤防が築造され、本件土地は完全に堤外地にとりこまれることになり今日に至つている。

(二) 昭和三十六年六月二〇日付け東京都告示第六七三号をもつて当時の河川管理者である東京都知事は、前記堤防を旧河川法第四条第二項の規定により河川附属物と認定(疎乙第十号証)して同日付け東京都告示第六七一号をもつて旧河川法第二条第一項の規定により本件土地を含め堤外地全域を河川区域に認定した。

旧河川法によれば河川区域の認定は、「河川法等ニ依ル告示方法(明治三二年内務省令第一三号)」の規定(疎乙第十一号証)により河川管理者である地方行政庁が公報に告示をしてなすこととされており、またこれらの手続によつて適法に区域認定がなされると旧河川法第三条の規定により当該土地は、私権の目的となりえなくなると同時に旧不動産登記法第九〇条の規定により従前の土地に係る登記は属託により抹消され登記簿は閉鎖されることになつていた。

ところで本件土地については、昭和三六年六月二〇日適法に河川区域に認定されたが河川管理者東京都知事による登記簿の整理がなされないまま今日に至つたものである。

(三) 河川法施行法(昭和三九年法律第一六八号)第四条の規定によれば旧河川法第一条の河川の敷地(又は第四条第二項の附属物若しくはその敷地)で同法第三条の規定により私権の目的となることを得ないものとされているものは国に帰属するものとされまた同法第三条の規定により、かかる土地は、河川法第六条に規定する河川区域とみなされるものである。ところで登記簿は、公示の効力しかないから本件土地についてたまたま登記簿上の整理がなされていないとしても、実体は前述のとおり国有であることに変わりない。にも拘わらず申立人後藤秀生は、本件土地登記簿が抹消閉鎖されていないことを奇貨として、本件土地が堤外の河川敷地を構成していることを承知のうえで調布市小島町九七二番の一、九七三番の五及び一、〇二九番の一の三筆の土地を昭和三八年から昭和四四年にかけて売買ににより取得したと称しその所有権移転登記を完了している。

(四) 多摩川は昭和四一年四月一日に一級河川に指定され(昭和四〇年政令第四三号)本件土地を含む河口から青梅市青梅字大柳の万年橋までの区間は建設大臣が直轄で管理する河川区間とされている(河川法第九条第二項の規定により一級河川の指定区間を指定(昭和四〇年建設省告示第九〇一号)建設大臣が直轄で管理する多摩川河川区間の管理事務は、河川法第九八条の規定により関東地方建設局長に委任されている。

(五) 河川敷地は、河川の流路を形成し、洪水の際には安全にこれを流過せしめ、洪水による被害を除却し、又は軽減させるためのものであり、かつ、公共用物として本来一般公衆の自由なる使用に供さるべきものである。従つて、特定の営利事業者にこれを排他的に使用させるのは不都合であつて(疎乙第十二号証)およそ河川区域内の土地においては、河川管理上支障を生ずるおそれのある工作物等の設置、土地の形状を変更する行為等は規制されている(河川法第二六条、第二七条等参照)。

二、本件土地附近の土地の利用状況について

(一) 本件土地を含め附近の堤外土地は、直下流に二ケ領北をひかえ、上下流の河川巾員に比較して著しく狭さく部を形成しており、もともと砂礫が堆積し、いわゆる荒地であつたものである。

本件土地を含め附近の土地は、(四)に記載したとおり昭和四一年四月一日以降は関東地方建設局長の管理するところとなつたが、それ以前は、河川管理者東京都知事が管理していたものである。ところで東京都知事は、昭和四〇年六月五日に調布市長にあてて本件附近の土地約六万平方メートルを運動場として占用許可し、調布市においては多大の経費を投入してまず京王線橋梁から下流の河川敷物に野球場三面を盛土整地のうえ造成し、市民の利用に供しており、また、橋梁から上流の部分について現在運動場としての造成工事を着々と進めている。

(二) 申立人は、本件土地を含め附近の土地が自らの所有に属すると主張して、昭和四四年三月一一日には、違法にプレハブ建築物を設置し、坂路を造成し、及び本件土地附近の多摩川低水路に近い場所一帯に料金をとつて土捨行為を行なわせ、三月六日には、調布市が設置した野球場のバツクネツトを取りこわし、有料駐車場として利用を開始した。この間、関東地方建設局においては、数回にわたり、本件土地を含めて附近の河川敷地の管理状況について詳細を説明し違法行為の続行を制止しようとし説得に努めるとともに、現地の京浜工事々務所から実地に指導したが、申立人は、これらを一切無視して前記の暴挙に出でた次第である(疎乙第十三号証)。

更に五月六日に至り申立人が堤防に坂路を築造し、五月八日には、本件土地附近にコンクリート塊混りの捨土をしている事実を確認し、実地に中止を指示した。この制止をも聞かずに堤防を無断で通行し違法に築造した坂路を通じて河川敷地に自動車を乗り入れようとしているので、堤防の保全のため五月一六日京浜工事々務所において堤防上の車止めの復旧打設をした(堤防止は従来とも水防のため、その他特別の事由ある場合の他は、その保全のため一般の自動車の通行を止めるために車止めが打たれてあつたものである。)ところが申立人は、五月一七日同事務所で復旧打設した車止めを破壊したので止むなく同事務所においては、五月二二日再度復旧打設を行なつたが、これも五月二三日またまた破壊されたので同日直ちに復旧した。しかし、五月二七日申立人は車止めを盛土して自動車の通行に便ならしめんとした。

なお、三月二八日から五月六日までの間においても(四)にのべる仮処分決定の期間を除いて申立人が捨土をし、看板を立てる等の違法行為を継続してきたことはいうまでもない(今日に至るまで捨土の量は約二千六百立方メートルに達している。)。

一方、五月二二日には、京浜工事々務所長から申立人後藤秀生に対し文書で警告(疎乙第九号証)するとともに、河川法第二六条及び第二七条違反で申立人後藤秀生を調布警察署長あて告発した(疎乙第十四号証)。また、申立人後藤秀生に対して関東地方建設局長から五月二二日付け建関水第一五六号をもつてプレハブ建築物の除却、坂路を造成し及び捨土をして土地の形状を変更した行為の原状回復を命ずるとともに、五月二九日付け建関水第一五九号をもつて六月一〇日までにこれらの命令を履行するよう戒告した。また、申立人株式会社首都ビジヨンに対しては、六月二日付け建関水第一六六号及び六月四日付け建関水第一六七号をもつて、プレハブ建築物の除却、看板の除却並びに坂路を造成し及び捨土をして土地の形状を変更した行為の原状回復を命ずる(疎乙第十五号証)とともに、六月六日付け建関水第一六九号をもつて、六月一二日までにこれらの命令を履行するよう戒告した(疎乙第十六号証)。

(三) 前述のとおり当局からの申立人に対する再三の説明及び制止に拘わらず強引に違法行為を強行する申立人の行為には目にあまるものがあり、このまゝ放置するときは、一般公衆の自由な河川敷地の使用を妨げ、河川としての機能を阻害し洪水の際に大災害を誘発するおそれもあるので、京浜工事々務所においては、五月三〇日、陸閘等の管理の万全を期するため、本件土地の上流のそれも含めて河川管理施設でその敷地が国有であることに争いのない場所に鉄杭を三ケ所に打設した。

(四) この間、調布市においては、運動場の利用妨害を中止させるため、四月一一日御庁八王子支部に申立人を相手どり本件土地への立入禁止、妨害排除の仮処分を申請し、同月一八日、申立が認められた。これに対し、五月二日申立人後藤秀生から当該仮処分決定に対する異議申立、仮処分命令取消の申立がなされ、また、五月六日、当該仮処分の執行停止の申立がなされ、この執行停止が五月二三日認められている。

理由

一、本案について理由がない。

(一) 申立人は、昭和四四年五月二九日付け建関水第一六〇号でなした関東地方建設局長の工作物設置不許可処分及び同日付け建関水第一五九号で同局長のなした工作物撤去の戒告並びに昭和四四年四月一五日付け建関京管発第二号で京浜工事々務所長がなした通告の執行停止を建設大臣を被申立人として申し立てている。しかし、昭和四四年四月一五日付で京浜工事々務所長のなした通告は、河川法(昭和三九年法律第一六〇号)第七七条の規定に基づき河川監理員である同所長が河川法違反事実を申立人に告知し直ちに工作物を撤去するよう指示したものであつて、被申立人のした行政処分ではないからその取消及び執行の停止を建設大臣を被告又は被申立人として求めることはできない。また、昭和四四年五月二九日付け工作物設置不許可処分及び戒告は、関東地方建設局長がなしたものであり、その取消及び執行の停止を建設大臣を被告及び被申立人として申し立てることはできない。

(二) 本件工作物の設置に関する河川法第二六条の規定に基づく申請は、関東地方建設局長にあてて、申立人後藤秀生から提出されたものである。従つて、当該申請に対する不許可処分を争うことについて法律上の利益を有するのは、申立人後藤秀生のみであつて、申立人株式会社首都ビジヨンは原告としての適格性を有しないものであるのみならず、たとえ本件不許可処分の執行停止の決定があつたとしても、不許可処分がなくなつた状況に戻るのみであつて、許可処分があつたことにはならないから、執行停止の決定があつても、本件工作物の設置が適法化されるものではない。従つて、申立自体失当である。

二、本件について執行の停止が認められるとすると、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

申立人は、補充書第八項において、関東地方建設局長が、昭和四四年五月二九日付け建関水第一五九号をもつて六月一〇日までにプレハブ建築物を除却するよう戒告したが、命令送達後わずか一〇日あまりで除却しなければならない緊急性は毫もないと主張する。しかし、すでに「本件土地の管理利用状況」の項一でのべたとおりの本件土地附近の多摩川の状況からおして、また、六月からの出水期を目前にひかえて、当該建築物自体が危険であることはもとより、多摩川全域にわたり洪水による溢水等の危険を目前にはらんでいるものであり、前記戒告書に記載した捨土及び坂路の除却と並んで(また、昭和四四年六月六日付け建関水第一六九号をもつて、申立人株式会社首都ビジヨンに対しても、プレハブ建築物及び看板の除却、捨土及び坂路の除却、原状回復を戒告している。)緊急にその除却を必要とするものである。

仮にかかる行為を認めることになれば、一般公衆の自由な河川敷地の使用を妨げるのみでなく、洪水による被害をまぬがれえず、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることは明らかである。

三、申請人は、本件処分により回復困難な損害を受けることはない。

申立人会社は、申立理由第三項において、申立人後藤秀生の所有する多摩川堤外地で駐車場を経営する会社であるが、本件工作物設置不許可処分により駐車場営業は不能となり収入皆無となり、多数の従業員を抱え運転資金の窮乏により破滅に瀕していると主張する。

しかし、およそ経営者として事業の安定的な経営を考えるのであれば、事業開始以前に所要の法令の規定による手続をふんだうえで適法に事業が営めることを確保したうえで事業開始するのが常識であるが、申立人は理由書において堤外地における工作物の設置等については、河川管理者の許可を要するものであることを承知しているのに拘わらず、当局の制止説得を無視して不法にプレハブ建築物を建て、看板を設置し、捨土をし、及び坂路を造成して土地の形状を変更する等の行為を強行したのであつて、申立人においては、河川管理者から当該不法行為について除却命令、原状回復命令等が出されることは当然予想していたのであり、本件処分により回復困難な損害を受けることはないものといわざるをえない。

また、申請人後藤秀生から昭和四四年三月一〇日付けで関東地方建設局長にあてて提出された工作物設置許可申請書に記載されている当該工作物設置の目的は、私有地管理事務所とされており、当該事務所が有料駐車場の経営管理のための不可缺の施設であるとは考えられないから、その不許可処分によつて、申立人会社がその主張のような損害を蒙ることはあり得ない。

別紙二の(二)

意見書

意見の趣旨

本件申立を却下する。

との裁判を求める。

申立の理由についての認否および理由については、昭和四四年六月一二日付をもつて被申立人変更決定前の被申立人建設大臣坪川信三が提出した意見書の記載を援用する。

(別紙物件目録省略)

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